震災から今日で5年。被災地ではいまだ避難生活を余儀なくされている方が東北三県だけで10万人を超えています。特に福島の避難指示区域にお住まいだった方々は、いつになったら自宅に戻れるのか、まったく将来の見通しも立たないまま丸5年を数えてしまいました。
観測史上最大の巨大地震と大津波、それに加えて未曾有の原子力災害。果たしてその試練によって我々日本人はどんな変化を遂げたでしょうか。
震災後しばらくは、どこもかしこも「絆」の文字であふれていました。あの頃のように一丸となって困難に立ち向かう意識は、いまも衰えていないといえるでしょうか。「節電」もそうです。不要不急の電力を使わないように、国民全体が高い意識を持って過ごしたあの夏。もう遠い昔のように感じてしまいます。
4年前の3月11日に「開放セヨ」という投稿をしました。いま思い返しても、あのときの政府の頼りなさには憤りを禁じ得ません。非常時の対応をより効率的なものにするための検証と対策は十分になされたのでしょうか。あの辛い経験を糧に、せめて同じ愚は繰り返さないようにしないといけないと思うのです。
とかく人の世は移り変わりやすく、野球選手が覚醒剤で捕まったり、誰かと誰かが不倫をしたり、アイドルグループが解散しかかったり、その程度のことでてんやわんやの大騒ぎです。5年前の危機的状況に比べてなんと平和なことでしょうw
くだらない日常が送れる幸せに感謝し、いつかまた困難が襲ってきても、前よりもタフでクレバーな日本と評されるように、備えをキッチリ向上していかないといけません。それが残された人間の責務です。5回目の3.11に、黙祷。