AC72!

カテゴリー SAILING

ついにAC72が姿を現しました。といってもまだウイングだけですが。アルテミスレーシングがバレンシアのベースキャンプで、世界初となるAC72のウイングを披露しました。デカい!手前に見えるAC45のウイングがやけに小さく見えます。

オールカーボンファイバー製のこのウイングは、長さ40メートル、260平方メートルの面積を持ちながら、重さはなんと、たったの1トン!ありえねーーーー!!つまりホンダのフィット1台よりも軽いのです。

正式にAC72を進水できるのは7月1日以降と規定されています。そこでアルテミスはこのウイングをORMA-60に立てて走り、駆動系や強度をチェックするそうです。確かに制限されてるのは進水だから、ウイングだけ作って別のフネで走るのは違反じゃありません。ルールの抜け穴を見つけて、いち早く行動に移すあたりは、いかにもアメリカスカップ。これを見た他のチームの動きも気になります。

WindGuru様の予言通り、朝から完璧なベタベタで同志社ウィーク最終日は残念ながらノーレースとなりました。結局モスに乗ったところは誰にも見られないまま。何をしに行ったのやら・・・

とはいえ、たくさんの先輩方や後輩たちと交流を深められたのは良かったです。7年を過ごした琵琶湖は、懐かしい面々も、ベタベタな湖面も相変わらずで、なんだか安心しました。また会いましょう。次こそ飛びまっせ。

孤独との戦い

カテゴリー SAILING

同志社ウィーク初日は危惧したとおりの雨ベタ風待ちで始まりました。同志社艇庫に行くと、すでに学生たちのフネで埋め尽くされて、場所をとるモスは艇庫から出すこともできません。風も無いし、ノンビリするべーや。

と、しばしOB部屋で談笑していたら、雨が上がって少し風が入りました。学生たちがワーワー言いながら出て行く間に着替えて、誰もいなくなったスロープでセールを上げます。

うーん、なんというミスマッチ。お呼びじゃない感がハンパ無いぜ。

レッドブル号を担いで桟橋の端から出艇。まったく濡れずに出られるなんて素敵なんだけど、いかんせん風が弱い。2度ほど飛びますが、すぐ落ちてしまい、レース海面までたどり着けません。

お腹が空いてきたので、一度あがってウェットを脱ぎ、天下一品のこってりを堪能。艇庫に戻るとちょっと風が上がってる。あらま。急いで着替えて再出艇。出てみると期待したほどではなく、飛びそうで飛ばない。パンピングしまくって疲れたので着岸。当分吹きそうも無いので着替え。すると不思議。またちょっといい風が吹いてる、のか着替えるとそう見えるだけなのか?

いや、間違いなくいまは飛べる。急いで着替えなきゃ!ウェットを着ていざ出艇、の頃にはベタベタ。おーなんてこったい。また脱ぎます。脱ぐとまた吹いてきて、着るとベタ。いいかげんにしてくれ!

という訳で、僕は今日、4回ウェットに着替え、一度も濡れることも無く、そして誰の目にも触れることなく、ひっそりとセールを下ろしました。この虚無感ときたら・・・

我が青春の唐崎

カテゴリー SAILING

レッドブル号を積んで、琵琶湖まで来ました。懐かしの唐崎、同志社艇庫。もう何年ぶりだろう?6年くらいかな。

同志社ウィークのレセプションでモスの講習会をしました。200人をゆうに超える受講者はほとんど学生セーラー。これからの日本ヨット界の宝です。

セーリングは470とスナイプだけじゃないんだよ。こんなに楽しい船もあるんだよ。それが伝わったなら、成功です。あとは土日に風さえ吹いてくれればなー。カッチョいいとこ見せてやれるんだけど…

AROSHELL

カテゴリー BUSINESS

ザイクから2012年の新作サンプルが届きました。今年はカラー展開が一気に増えます。スパンデックスやボートショーツ、ザイクドライ、アイソタック、ZKGsなどにカラフルな選択肢が増える予定です。

そして今年の新作の中で、僕が一番楽しみにしていたのがアロシェルです。

試作の段階から傑作の予感はしていましたが、届いた製品サンプルは期待以上のできでした。薄くて軽く、ストレッチするので着心地がとてもいい。ジッパーの把手やベルクロのタブまでキッチリ作り込んでいます。素晴らしい!

アロシェルの販売開始は6月を予定しています。国内価格も含めた情報をまたアナウンスします。サンプルを見てみたい方はぜひご来店ください。試着も可能です。

Go to Naples!

カテゴリー SAILING

今日は4月に予定しているヨーロッパ出張の日程をフィックスするという、大仕事をやり遂げました。ついに。ついに予約したぜー。うおーーーー!

いや、遊びに行くんじゃないんだから興奮しちゃダメダメ。仕事です。仕事でナポリ行きます。はい。見てきます。AC45見てきます!うおーーーーー!って興奮してるやないかっ!

実は僕は去年からモス協会の会長に就任し、歴史あるモス協会の運営を任せていただいております。その活動の一環として、日本モスクラス協会のサイトをリニューアルしました。今後はもっとアクティブに情報発信をし、モスの持つオンリーワンの魅力を広く知っていただけるように努めていきたいと。仲間を1人でも増やしたいと。そう切に願っておるところでございまする。

レースや試乗会などのイベント情報はもちろん、中古艇の情報も交換できるようにしています。新艇には手が出ないけど、死ぬまでにいっぺん飛んでみたいんだよなー、とお考えのご貴兄にご活用いただけましたら幸甚です。どうやら近々、格安で極上の中古艇情報が掲載されるらしいですよ!

正直言って、3年前に僕がモスを始めた時には、完全にお遊びでした。(ま、いまも激しくお遊びなんですが・・・)ただその遊びがあまりに楽しいから、これを自分たちだけのものにしてたらもったいないと思って。それで少しずつ輪を広げ、気づけば何人も蛾地獄に引きずりこみ、「死の商人」とまで呼ばれながら街宣活動に勤しんでおる次第であります。

今週末は、なんと同志社ウィークに講師として招待され、200人からの聴衆を前に、モスの魅力を布教することになっております。もちろんレースが始まれば、真剣勝負の中の一服の清涼剤として、ビュンビュン飛び回ってやろうと企んでおるところです。なにせ死の商人ですからね。次の獲物を探さねばよー。

1分33秒差!

カテゴリー SAILING

いまさら感がありますが、ボルボオーシャンレースの第4レグは激戦でした。3週間、5,000マイル以上も走ってもフィニッシュ間際で抑えまくるほどの接戦。しびれますねー。

このレグのデータを見ると、トップのグルパマだけダントツだけど2位のプーマから最下位のサンヤまでたったの2時間差。テレフォニカとカンペールなんて1分半ですよ!そんなの誤差の範囲じゃないの?

沖縄本島の北をプーマが回ったり、ソロモン諸島の東西でフリートが半々に分かれたりしながら、たったこれだけの差に収まるってスゴイですよね。フネのパフォーマンスが近いってのもあるけど、気象予報の精度とコンピュータを駆使したコース引きが、どこも一生懸命やってるんだろうけど、似たような結果を導いちゃうのかな。多分。

これで総合の争いが面白くなってきました。もし次のレグもテレフォニカがグルパマの後塵を拝するなら、優勝はまったく分からなくなります。グルパマはフネも速いみたいだし、ロングオフショアレースのタレントには事欠かないフランスの叡知が集まってるんだから、49erとかけもちが舵持ってるチームには負けたくないところです。カンペールも頑張ってるけど、爆発力が無いのはフネがあんまり速くないのかな?

いよいよ次はレース最長のレグ。荒れ狂う南氷洋を渡り、ケープホーンを廻ってブラジル・イタジャイまでの6,705マイル。スタートは3月18日です。やっぱボルボは面白い!

420*5=∞

カテゴリー SAILING

今週末は福岡第一高校と葉山町ユース、江の島ユースが420合同合宿をしていると聞いていました。5艇とも弊社が納めた420とあれば見にいかない訳にはいきません。モスも積まずに(!)朝から葉山新港へ行ってきました。

あらためて感じるのは、420の素晴らしさ。選手たちに教えることはとてもベーシックなことだけど、そのまま470にステップアップしても使えることばかり。彼ら彼女らが3年間みっちり420を乗り込めば、学連で470に乗ったとき、それこそ間違いなく即戦力ですよ。FJやSSから乗るよりも、全然違和感なく移れるはずです。

それと高校生の上達の早さ。去年の夏に教えた時は、完全に420に翻弄され、OPに戻りたそうに見えていた子たちが、わずか半年でしっかり乗りこなすレベルになっていました。もちろん本人たちや指導者の方々の努力のたまものでしょう。加えて全日本やユースワールド、アジア選手権など、420の国内大会や海外遠征などが増えてきたこともプラスに作用しているようです。

そもそも470が日本のお家芸ならば、420だってそうなれないはずがありません。日本のユースセーリングの長い夜明けが、ようやくやってくるのでしょうか。だとしたら、日本ヨット界の将来はまだまだ明るいぞ!

地震の時刻に家族で黙とうを捧げ、午後は水入らずで過ごしました。家族一緒にいられる幸せをいつもより強く感じられた一日でした。

開放セヨ!

カテゴリー PRIVATE

明日で東日本大震災から1年。直接被災していない人間にとってはあっという間に感じますが、最愛の家族を失ったり、いまも仮設住宅や避難所暮らしをしていらっしゃる方々にとっては、さぞ長く苦しい1年だったことと思います。あらためて犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。

僕はあの日、新潟にいました。新幹線が止まり、ホテルで缶詰めになっている間に見た地震や津波の映像は、まるでパニック映画のCGのようでした。2001年の9月11日と同じ感覚です。夢なら覚めて欲しいと願いながら、うたた寝と絶望の繰り返し。翌12日の深夜に自宅に戻って子供たちの寝顔を見た時には、一緒にいられなくて謝りたい思いと、無事でいてくれて嬉しい思いから涙が流れました。

3月15日には家族全員で疎開を決意し、東名高速を行くあてもなく西へ走りました。ヨットのことも仕事のこともどうでもいい。あの時は家族を守りたい一心でした。特に疎開先のテレビで見た、原発にヘリから大きなバケツで水をかける映像が忘れられません。無能な政府には頼れない、自分の家族は自分で守るしかない、と決意させるに充分な映像でした。

いまでもあの疎開の判断は正しかったと思っています。関東も生活物資やガソリンが不足し、計画停電で仕事もまともにできない状況でした。離れられる人間は離れることで、本当に必要な人に物資を届けることにつながります。被災地でも同様に、救援物資を運ぶばかりでなく、平行して被災者を減らす努力をするべきです。物資を運んだあとの戻り便を利用して、せめて家族の無事が確認できた被災者だけでも、早く安全な場所に運び出すべきだったのではないでしょうか。当時の橋下大阪府知事は、大阪市バスを被災地に派遣して、大阪の市営住宅などに被災者を疎開させました。それが契機となって全国の自治体が空室の市営住宅などに被災者の受け入れを始めたと記憶しています。素晴らしいアイディアと行動力でした。

それと敬服したのがJHです。東北道は宇都宮から一関までの広範なエリアで甚大な被害を受けたにもかかわらず、わずか13日後というありえない早さの3月24日に全面開通しました。あの時はデコボコでもいい、スピードなんか出せなくてもいいから、とにかく開通させることが優先でした。実際に開通したての時は笑っちゃうくらいボッコボコでしたが、それでも通れると通れないでは雲泥の差があります。間違いなくJHは素晴らしい仕事をしたと言えます。

逆にとにかくダメダメだったのが政府。なんであの時、東北道を無料開放しなかったのか。通行してるのはほとんどが被災者か、ボランティアか、自衛隊か警察ですよ。そもそも高速無料化を謳って政権をとったんじゃなかったのか。いまここで無料化しないで、いつどこでするんだよ!開通からだいぶ遅れて、今度は被災者のみの開放だといって、被災証明書を出せとか言ってる訳ですよ。おかげで被災者はETCも使えずに出口は大渋滞ですよ。もう、アホかと。誰を守ってるんだ、何を守ってるんだと問いたい。問い詰めたい。

空路もダメダメでした。仙台空港は津波で使用不能でしたが、花巻空港や荘内空港などは離発着できたんです。それなのに、法令に縛られ、通常の時間帯のみの離発着しかできなかったと聞きます。緊急時なんだから、24時間態勢で貨物機や自衛隊の輸送機などをバンバン飛ばすべきだったのではないでしょうか。近隣住民への配慮などしてる場合じゃないよ!こんなことは東北道の無料開放と同じで、単に責任ある人間の行動力が足りなかったか、もしくは物理的に不可能だったのなら、緊急時に対する備えが足りなかったという誹りを免れません。陸路も空路も、緊急時には国土交通大臣の発令で即座に開放できる体制、あって当たり前でしょ。ないの?

日本人としてこの国に暮らしていく以上、地震や津波の危険性とは常に隣り合わせです。あれほどの災害でも、1年が経ち、10年が経てば、日頃思い返すこともなくなり、この悲しみや憤りは風化してしまいます。もっと救える命がなかったか。もっと辛い思いをとりのぞけなかったか。振り返りと評価をしっかりしないと、必ず同じ過ちを犯します。

遠からぬ将来、また大規模な地震と津波が予想されているそうです。自然は克服できなくても、人間は学習できる動物です。あの震災から学び、避難体制、支援体制を改善していかなければ、亡くなった犠牲者の方々に顔向けができません。1年経った今からでも遅くないはず。我々はもっと怒るべきです。声をあげるべきです。

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